ルンペンに車は必要なのか?カールマルクスの予見

 
最近ルンペンという言葉がまた使われているようです。
といっても今の人(私も含めて)はルンペンって何か分からないと思いますし、実際にツイッター上ではルンペン?って何みたいな反応も。

ただこれはどうもNHKの朝ドラでの一幕で出てきた言葉のようで【ルンペン=乞食のような人】という意味で使われたようです。

私がルンペンという言葉で思い出すのはカールマルクスです。ご存知、共産党宣言のあのマルクスであり人によっては資本論でしょう。

ルンペンという言葉が共産党界隈で使われてきた専門用語なのかは知りませんが、マルクスを思い出したのはマルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』に出てきたからだと思います(確かねw)。

そこではどのような使われ方をしているかと言えばマルクスはぶっちゃけ「ルンペン」について超否定的で見下しています。

マルクス「ルンペンプロレタリアートは根無し草のクズだ」みたいな言い方で罵ってるわけですね。当時のフランス革命期の中にあってマルクスはその革命の経緯やその革命が不毛な結果に陥っていくことを叙述していく訳です。そんな歴史的な見地から言ってルンペンプロレタリアートなどなどゴミのようなものであり、マルクスはそんな輩共には一切の憐れみも感じていなかったようです。

フランス革命期においてルンペンプロレタリアートはマルクスからすると何の役にも立たない唾棄すべき存在だったのです。

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共産党は知的エリート集団が権力を奪取する思想である


社会主義や共産主義は今では平和を連呼したり、人権がどうのこうの言ったりする比較的穏健な運動になっていると思います。
経済的な格差の是正を求めて言わば底辺の人のために戦う思想であるというような性質が強いでしょう。

しかし革命初期、つまりマルクスの時代においてはごく一部の知的エリートが先導する既得権益に対抗する社会主義を実現する革命であったと言わざるを得ません。
まずは王侯貴族や資本家などを打倒するという荒唐無稽な戦いです。

それは知識人の頭の中だけにあった夢想であり、社会主義者の中でも意見が分かれていて、そもそもマルクスが言う共産主義の定義も曖昧というか全くもってその定義は未だなされていないのが現実です。

それなのに日本でもまだ共産党があってそれじゃ、共産主義って何?と問われても彼らは答えられないのです。
何でって言われてもマルクス自身が共産主義を具体的に何であるか何も言ってないからですね。
共産党宣言にはその一端は言及されていますが、じゃあどうやったら共産主義なんだ??という肝心なところはどのようなマルクスの著書にも書かれていないというのが現実です。

じゃ日本共産党って何やねん?とか言われるかもしれないですが、
まあそっとしておけばいいんじゃないでしょうか…。

ルンペンとは無産者であり、労働者階級からも脱落した人々である


さて話を戻すと「ルンペン」とは何かということですが、マルクスが言うルンペンとは「ルンペンプロレタリアート」のことであり、

・ルンペン=乞食+プロレタリアート=無産階級

というマルクスの造語かもしれません。

ですから乞食であり、無産者であるという意味合いです。

例えば今の日本で言えばルンペンとはどのような人なのか?と言えば単にニートや無職は違うような気がします。
日本のニートや無職は家に居ますよね。実家に居て職がない、何もしていない人のこと。
ですからルンペンプロレタリアートに限りなく近い存在ではありますが、衣食住がある点で若干違うでしょう。
(人数が多いので)彼らは現代が産んだ特殊な階級だと私は認識しています。

あとは生活保護を受けている人は無産者ではないでしょう。なぜなら医療費がタダで毎月必ず生活費が貰える身分だからです。お金を稼ぐと生活費を止められるので絶対に働いてはいけないという非常に特殊な階級でもあります。ナマポ(貴族)階級と私は呼んでいますが彼らは資産家に匹敵するような安定感があるでしょう。国家より保護されている連中です。

次にホームレス。日雇いだったり物を拾ってテント生活しているような人々。彼らはルンペンプロレタリアートに限りなく近いと私は思います。まず家がなく食べ物も定期的に確保できない。また定職がなく日雇い労働はたまにするものの労働者階級からも脱落しているという点。当然彼らは今すぐにでも?ナマポ階級に入る資格があると思うのですが、申請しようとしなかったり、申請できなかったりするようです。その資格があるのにも関わらずなぜナマポ申請しないのかは謎ですが何かいろいろ事情があるんでしょう。なんと言っても労働意欲が全くなく社会復帰する気力もないところはまさにルンペンプロレタリアートであると言えるのではないでしょうか。

あなたが今ルンペンに落ちないようにするためには?


それでは今あなたがルンペンプロレタリアートに落ちないために何を注意するべきかを教えましょう。
それは車を持つことですね。

え?と思いましたか。しかし車を維持するのはけっこう大変なことです。
しかし車は一つの境目です。

例えばナマポは車を持てません。いや持てる、乗っている人もいるとか言う話も聞きますがそこはぐっとこらえて聞いて下さい。
基本的にナマポは車を持てないし、そこまでお金はもらえないですよ通常。

外車に乗っているナマポもいるとか昔聞いたことがありますが、そういう方は闇の組織の方でしょうから余り詮索しない方があなたの身のためです。

さてなぜ車を維持するべきかですがこれは防波堤になりえるからです。
人間というのは不思議なものである一定の生活水準を保とうとします。
「車がない生活は異常、絶対無理」と思い込むと車の維持費や購入費用などが捻出できる生活水準を保とうと自然にします。

逆にギリギリまで切り詰めて節約生活を心がけているとどんどんと貧乏になっていきます。
それは貧乏な生活が普通だからですね。
普通に収入があって貯金しているという人もいますが、とにかくそういう人でも労働意欲が薄く出世には縁遠いです。
出世なんてしなくていい!定時で帰るんだもん!とか言ってる人は最近よくいますがそういう人は将来にリストラ候補になります。

だって歳を取ってもいつまでも出世できないし、仕事に意欲的ではないし、会社の業績が悪くなったらリストラ候補の最右翼はあなたになるでしょう。
また同期や後輩が上司になっていて彼らがリストラする方になっています。リストラは公務員にもそのうちにやってきます。
避けられない話なんです。だったらリストラされるよりリストラする方にいないとされるに決まってるじゃないですか?

この理屈が分かりますか?
ですから出世を目指すとかダサいとか言っているとそのうちにあなたは無職になりルンペンプロレタリアートになるんですね。
車なんて要らない、出世したくない、月10万円で生活できる、なるべくお金を使わないのが正義、結婚したくない、…とかいう人は要注意ですね。

完全に将来的にルンペンプロレタリアート候補です。
あのマルクスが唾棄した。

資本家になるしかない


さきほど「車なんて要らない、出世したくない、月10万円で生活できる、なるべくお金を使わないのが正義、結婚したくない」とかいう価値観は最近のネット起業家みたいな人達が言っている言葉に思えます。

具体的にはホリエモンとかひろゆきとかそこらへんの人達。しかしですよ、よく考えて下さい。彼らはルンペンプロレタリアートの正反対、もっと言えばマルクスの敵側の資本家の方じゃないですか。しかもネット関係のチャラいIT起業家で資本家、お金持ちの部類です。

そういう人が車なんて要らない、出世したくない、月10万円で生活できる、なるべくお金を使わないのが正義、結婚したくないという価値観を若い人達に流しているのは自分達のビジネスの一環なんですね。全部嘘っぱちでマルクスの方が正しいとさえ思います。だってマルクスはルンペンプロレタリアートなんてクソだと言い切っている訳ですから正しいでしょう。貧乏な人は貧乏な生活をするべき、生活保護をもらっちゃいましょう、しょうがないじゃんみたいな言説を垂れ流している人は基本、無責任なんですね。生活保護をもらうナマポ階級が幸せなのかと言えば全くそうではないでしょう。

っていうか抜けられなくなる人の方が多数です。だって頑張らなくても国が生活の面倒を見てくれる訳ですから抜ける必要性がないですよね?という思考に自然となります。ここから抜けてもブラック労働者、医療費は自腹、住居も食べ物も自腹、つらい日々の予感しかない!みたいな価値観しか持てなくなるんです。そうしていつしか年を取り誰も看取ることなく死んでいくんです。まさにウンコ製造機の一生…。

あなたにそんな生活をおすすめする人は親切な人ではないです。

”地獄への道は善意で舗装されている”

これはヨーロッパのことわざにある言葉です。一見善意でこっちが良いよという道案内役が人生では現れます。
現代ではネット上によく現れるんです。
それはYou Tubeやネット記事かもしれません。
それらは今甘言と詐欺に満ち溢れていて、まさに「地獄への道は善意で舗装されている」を体現するかのように私には手に取るようにそれらの嘘の甘言と詐欺の本質が理解できています。

私は多少のお金が取られるような詐欺はまだ良いと思うのです。勉強代とは言いませんがお金というのはただの幻想です。誰も認識できない世の中自体を支配する巨大な現代の資本家が作った支配の道具こそが民間銀行がコンピュータ上に創出しているお金(マネー)なんですね。それを失ったからと言って何なのだろうかと。増やすことだって簡単にできるんですね。だって物理的なものじゃないんですから実は。幻想なんですよ。勝手に民間銀行が増やしたり減らしたりできるという代物でみんながお金だと信じているからお金だと思いこんでいるんですよね実は。

しかし善意の(嘘の)甘言はとても厄介です。例えば「生活保護を受ければイイじゃん」とか言われて医者に行ってうつ病の診断書を取って次は市役所だ!とかやっていると本当にそこから抜けられなくなりますよ。それで良いんだ、とかそれがまさに労働意欲を失ったルンペンプロレタリアートへの道なのかもしれません。

冒頭ではナマポ階級を貴族階級のように扱ってきました。しかし本当は違うんです。労働意欲も失い、真の意味で自由意志を失った者たちの運命は地獄へといざなわれているのです。あなたを地獄に叩き落としたくて実は「ナマポは良いよ」という甘言を弄している人々が多くいます。いやそれは本気で善意によってなされている場合もあるでしょう。何も取り柄がなく仕事も得られない人はナマポ階級が然るべきだという論理は一見にして正しく見える人もいるでしょう。

しかしながら再三に渡って言うようにそれは抜けられなくなるし、だからこそ「地獄への道は善意で舗装されている」のです。ナマポを勧める人が善意の気持ちを高めれば高めるほど立派で無料なハイウェイが出来上がります。後は一直線にあなたは地獄へ堕ちるだけです。あなたは自分の車で有料の穴の空いた舗装が弱い天国への道を走るようにしましょう。

天国への道は遠回りで何だか険しいように最初は見えます。だって誰も行こうとしないから道は険しいのです。でもこう考えましょう。
今は多くの奴らは自ら進んで地獄へ行きたがる。地獄ビジネスが流行っている証拠だな、と。